ロックダウンに負けるな!シドニー「アッティラ」再開祈願企画その5 インタビュー:2021年6月、シドニーにて

This interview is translated from Russian to Japanese. The original is 【Единение (Unification)】(interviewer  Владимир КУЗЬМИН (Vladimir Kouzmin) issued on June 12, 2021.

*PDF file is available→→→210612-Vinogradov-interview

(インタビュアー: Владимир КУЗЬМИН (Vladimir Kouzmin) この記事は、2021年6月12日、在オーストラリアロシア人のコミュニティが発行している新聞「ユニオン」【Единение (Unification)】に掲載された、アレクサンダー・ヴィノグラードフのロシア語インタビューを日本語に直したものです。

*PDFファイルは→→→210612-Vinogradov-interview

Александр Виноградов: Бас близок к русскому языку – Русская еженедельная газета «Единение»

5年ぶりにロシア語を自力で訳したわ。。。
(かつてのロシア語の先生にチェックして頂いてます。7割ぐらいは合ってたかな?^^;)

感想はまた別だてしますね。

アレクサンドル・ヴィノグラードフ:バスの音域はロシア語に近しい

photo by Polina Plotnikova この写真は「いい顔してる」と思います

インタビュアー:Vladimir Kouzmin(以下K)
メルボルンとシドニーのオペラ・オーストラリアに招かれた、有名なオペラ歌手ーバスの、アレクサンドル・ヴィノグラードフです。
「ユニオン」の編集者が、シドニーでの公演を前にアレクサンドルと対談しました。

K:アレクサンドル、こんにちは。メルボルンで出演され、そこではヴェルディの「アイーダ」と「エルナーニ」の2つの役を演じられました。今回はあなたにとって、初めてのオーストラリアでの舞台だったのでしょうか?

V:はい、僕にとって全く初めてのオーストラリアです。誰もが、どこにも行くことができない、こんな不可思議なご時世に、ここに来るチャンスが訪れたことを、大変嬉しく思っています。
非常にハイレベルなカンパニー、大変美しいオーケストラ、優れた同僚に出会えたことがとても心地よいです。
世界の果てとも言えるこの遠い場所で、このようなレベルの高いオペラカンパニーに出会うとは予想もしていませんでした。自分にとっては素敵なサプライズでした。

K:メルボルンやオペラに来る観客との出会いは如何でしたか?

V:チケットは最後の公演まで全て売り切れでした。空席は一つもなかったのです。これも全く予想していませんでした。コロナ禍が続いているこの時期にお客が劇場に来ることを恐れないがどうか、僕には分からなかったんです。
もし、初日にまだところどころに空席を見つけていたとしたら、人々は最後に自分の恐怖心を明らかに克服することができたでしょう。(コロナ禍にあっては)これはまったく道理にかなったことであり、皆が同じ気持ちで「劇場へ行き」、生活しているということです。これは非常に素晴らしいことでした。

(コロナ禍にあっては)これはまったく道理にかなったことであり、皆が同じ気持ちで「劇場へ行き」、生活しているということです。これは非常に素晴らしいことでした。

K:「アイーダ」ではシドニー在住のバス、Gennadi Dubunskyも歌いましたね。私たちの観客は彼を知っています。彼はしばしば、ロシアもののコンサートにも出演しています。

V:はい、彼とは知り合いになりました。傑出した同僚です。

K:バスーそれは大変に美しいロシアの声です。疑いのない事実ですよね?

V:ええ、この音域はロシア語に近しいのです。それゆえに多くの優れたバス歌手はスラブ語圏の出身です。
ロシアの流派以外では、ウクライナやブルガリアの歌手が多いです。

K:オペラでのバス歌手にとっての配役は、そんなに多くはありません。それとも私が誤解しているのでしょうか?

V:僕は25年ちょっと歌っています。今のところ、67の役を歌ってきました。最近数えたんです。
そして他にもまだ多くの、長い時間をかけて習得した、新しい(自分が歌える)役がたくさんあります。まだ多くの選択肢があるんですよ。これらは全てうまくいってます。

K:シドニーでは、あなたはヴェルディのオペラの一つである「アッティラ」で重要な役であるタイトルロールを歌います。

V:このオペラはヴェルディの創造性に満ちた作曲家人生の中で、より初期のものに分類されます。彼はオペラ「ナブッコ」で大きな成功を収めました。何故ならば、オーストリア=ハンガリー帝国から解放されたいというその頃のイタリア人の希望と気運に、オペラの雰囲気が合致したからです。その後彼はいくつかのオペラを書き終えましたが、「ナブッコ」のような成功を収めることはできませんでした。

作曲家は愛国的なテーマに立ち戻ることを決意し、「アッティラ」は観客に温かく迎え入れられました。
全世界を侵略するけれども、ローマを征服することは叶わない、未開人のアッティラが題材となっています。戦いの場ではなく、陰謀によって彼は打ち負かされます。
ですから、アッティラの人物像に僕はとても共鳴するところがあります。無論、彼は未開人なのですが、彼は自分の敵よりも高潔で誠実であり、それが故に非業の死を遂げます。

K:私たちの読者(「ユニオン」の読者)は、オーストラリアでは滅多に聴くことができない、舞台の上で陰謀がちょっと出てくるこのオペラを観ることと、貴方の大変に美しい声を聞くことを期待しています。
ところで先ほど、貴方は25年間歌っていると話していましたが、その始まりはどのようなものだったのでしょうか?私は、貴方が少年時代には物理と数学に興味を持っていたことを読みましたが・・・

V:高校での最後の2年間はバウマン記念モスクワ工科大学付属の数学高校で、勉強に打ち込んでいました。このことについて、僕は母と運命に本当に感謝しています。
そこで僕は思考し、学習することを叩き込まれました。このことはその後の僕の人生で大いに役立ちました。
バウマン大学で一年学んだ後、モスクワ音楽院に入学し、2000年にそこを卒業しました。モスクワ音楽院に在籍している時にボリショイ劇場でのベッリーニ「ノルマ」でデビューを果たしました。

そしてベルリン国立歌劇場の首席指揮者・ダニエル・バレンボイムから常任として契約する招きをうけたので、2001年にベルリンへ引っ越しました。22歳の僕の歌を聞き「サーシャ、君は僕と何を歌いたいんだい?」と尋ねてくれたのが、この人物です。
これは大きな約束と信頼で、僕は彼の信任に応えました。これは、僕の人生において、最も重要な瞬間でもありました。僕は信じがたいほどハイレベルの同僚と一緒に舞台に出ました。

ベルリンでの最初の頃の公演で、僕はバレンボイムの指揮する「ドン・ジョヴァンニ」の中ではあまり大きな役ではない、マゼットを歌いました。そこではタイトルロールをルネ・パーペが、ドンナ・エルヴィーラをチェチーリア・バルトリが歌いました。
わかりますか?皇帝のために魚のスープを作る時には、最初にアセリナを(鍋に)入れ、それからスズキ、さらにチョウザメの肉を入れますよね?このようにして、僕はアセリナになったのです。ただ、皇帝用のスープの中で。
そしてこの体験は、自分がアーティストとして成長するに当たって貴重な糧となりました。

K:それから20年、ベルリンだけではなく(ほかでも)歌いましたか?

V:もちろんです。2年間ベルリン国立歌劇場の専属歌手に所属していました。それの時にパリ、マドリード、そしてより遠方へ、歌手がそうであるように、自由に様々な場所で歌っています。
このように歌手というものは「住民登録証がない」ようなものです。
最近では歌わなかった(歌っていない)劇場のほうが、残り少なくなってきました。

K:オペラの役では、どんなものが好きですか?

V:最近、おそらく声が成熟したのでヴェルディのオペラを好んで歌っています。このような旋律は僕の声にとって快適であり、音楽的な言語と僕が完全に一致するのです。とはいえ以前はモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」「フィガロの結婚」「魔笛」など、大きな喜びを持って歌っていました。役としては他にもっと歌っているものがあります。それは「カルメン」のエスカミーリョです。200回以上この役で舞台に出ました。
最近では僕の好きな役ー「ドン・カルロ」のフィリッポ王、「ナブッコ」のザッカリア、「シモン・ボッカネグラ」のフィエスコーなど、ヴェルディですね。
そして考えうるあらゆるメフィストフェレス(グノー、ベルリオーズ、オッフェンバック・・・)もです。

K:ドイツに戻ったら、どのような予定がおありですか?

V:10月にミュンヘンでの「トゥーランドット」を歌わねばなりません。さらにハンブルクでとロンドンで「ナブッコ」その後再びハンブルクでショスタコーヴィッチの交響曲13番、「ルイザ・ミラー」と「ドン・ジョヴァンニ」を歌う必要があり、そしてシーズンの終わり近くにブリュッセルとマドリードに行きます。

K:予定がぎっしりですね、毎日埋まっていますね・・・

V:ええ、予定ですが。近年を鑑みるに、書かれたことをすべて信じてはいけませんよ(障害(=コロナ)がありますから)。

K:コロナ禍において、貴方はどのようにして、国境間を移動できていますか?我々は閉じられた扉の向こうで制限を受けています。

V:オーストラリアへの到着は、オペラ・オーストラリアが完全に手配をしてくれました。僕はこの手配に大変感謝しています。
ヨーロッパへ戻ったら、どうなるのか全くわかりません。ロンドンで歌ったら、僕はそこからベルリンの自宅へ戻らなくてはなりません。それが可能かどうかは、僕には分かりません。
僕たちは、劇場が開かれるのかどうかすら分かりません。爆発的な感染が起こったら、劇場が閉鎖する可能性はあります。

一年半経った今、舞台は再開されつつあります。オペラ(劇場)が三か月間だけ閉鎖されていた唯一の国はスペインです。ドイツでは最近になってようやく、ゆっくりと再開されています。ホールのほぼ3分の1のみ観客を入れて、ですが。
ヨーロッパは今は夏で、感染者数は減っています。秋が来たらーワクチン接種の作用が機能しているのか、それとも全て元に戻るか、見えてくるでしょう。

K:いずれにしても、私たちは運の良いことに、ここではオペラは稼働していて、私たちはオペラハウスの舞台上での貴方の歌声を聴きに行くことができます。

V:ありがとうございます。僕も運がいいのです。ヨーロッパで主要な劇場が閉鎖している時に、オーストラリアの優れた観衆の前で歌い、自分にとって新しい国との出会いがありました。
(*1)僕の最後の公演は7月10日で、11日は帰国の途につくため、飛行機に乗る予定です。

オペラ「アッティラ」6月29日、7月1、3、6、8と10日 → 7月10日、12、14と17日に変更 シドニーオペラハウス、ジョーン・サザーランド劇場にて上演

(*1)デルタ株による感染拡大のため、7月9日現在、シドニーは6月25日〜7月16日までロックダウンに入りました。「アッティラ」の公演は7月10日、12日、14日、17日に延期されましたが、現在のところ17日のみの公演となっています。
よって彼の最後の公演は17日、おそらく18日のフライトで家に帰る予定に変更されています。

Translate »
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。