ロシア語学習者として、ショスタコーヴィチ交響曲第13番「バビ・ヤール」雑感

ロシア語学習者として、今回のバビ・ヤール訳付についての感想等を記しておきます。
訳文リストは→→→

《きっかけ》

この作品には、既に素晴らしい対訳付きのCDも数種類ありますし、そのうちの一つは、亀山郁男先生の訳だという話ですし(^_^;)
ネット上でもちらほら、いろいろ訳文が見られるようになっています。
今更、私が訳付することもないとは思いましたが、

どうしても、自分の手でやりたかった。

それで私の先生に相談し、やってみようと思ったのは半年前。
ひと月一楽章ずつ、ゆっくりやるつもりでした。

しかし、あまりの難しさにあっさり挫折し、頭の中で気になってはいたものの、手付かずのまま、3月後半に突入したある日。
授業でチェーホフの「子犬を連れた奥さん」の一部を訳しながら読みました。

これが超!萌え萌えのシチュエーションで
(一番盛り上がる核心の場面(⌒-⌒; ))
辞書を引きつつ「次はどーなるのっ?!」と夢中になって読んだことで、原文から味わうロシア語の面白さにやっと目覚め、
「公演までに間に合わないかもしれないけど、もう一度やれるところまでやってみよう」と決心。

《費やした期間》
そんなわけでご多忙の先生を巻き込みつつ、実質2ヶ月で一応仕上げました。訳付は何とか済んだものの、注釈をつける時間が全く足りず、やっぱりもっと早くからやるべきだったとは思います。

しかし、この期間の私の執念?!は凄まじく(^_^;)
人間、その気になれば案外なんでもできるもんだと、自分でも驚きましたし、先生もびっくりなさってたと思います。

《難しかったところ》

そりゃあもう、全部です、全部。一文足りとも簡単だと思った箇所はありません。彼のイメージに合わせた訳文を…なんて幻想を抱いてましたが、「意味の通る日本語」にするのが精一杯。
第一楽章の真ん中辺りで出てくる”И я люблю”(そして、僕は愛している)ですら、私なりにウンウン考えた末、この単純な訳文を採ったんですから(^_^;)

全体の配分としては、第一楽章が一番長く、ここが終われば4分の一くらい終わったことになるな…と考えてました。ここに費やした期間が約二週間。
ここの難しさは、長さもさることながら、激しく強烈な単語が次々と出てくること、その主たるテーマは、ロシアにおけるユダヤ人差別の歴史など、日本ではいささか馴染みの薄い分野ということでした。
(単に私の知識不足でもありますが(⌒-⌒; ))

次の第二楽章は殆どアネクドートの世界、暗喩や韻を踏んだ言葉遊びのオンパレードで、ロシア語独特の言い回しの深さや面白さを感じつつ、かなり手こずりました。
脳みそをこんなに使ったのは受験以来じゃないか?!というほど頭を使い、
前頭葉が痛くなるような感覚を覚えたのは、この楽章でしたから(^_^;)

第三楽章は、語彙数は一番短く、すんなり行くかと思ったのですが、60年代当時のロシア事情を理解してないと、字面通りに訳しても、何のことを言っているのかわからないところがいろいろあったこと。

第四楽章は、長さでは第一楽章の次に長いのと、実はこの楽章、これまで一番馴染みにくいと感じてたので
時間がかかるかと思いましたが、切羽つまってたのも手伝って、一番ハイペースで仕上げました。

この詩は綺麗事過ぎるとも言われていますし、実際私も、日本語訳だけ読んでいても感覚的に掴みにくかったんですが、韻を踏んだ意味の掛け合いが見事で、詩の作り方に対する引き込まれ感が一番ありました。

страх(恐怖)という単語を含んだフレーズが畳み掛けるように連続して5回続く、この楽章のハイライト(だと思う)は、訳しながら戦慄が走りました。この詩にあのメロディをつけたショスタコーヴィチは、やっぱり偉大だと思います。

第五楽章は最後ということもあり、繰り返しも多いですし、一番楽にできたかしら? 多分私の方も慣れてきたのも大きかったと思います。
意味不明な箇所もありましたけど、先生がうまく直して下さってスッキリしました。

《文法的なことと辞書》

ちょうど最近習い始めた副動詞や形動詞がバンバン出てきます。悩ましかったのはкак(英語でいうところのhow)や、再帰代名詞のсбойとか。
状況に応じての訳し分けが難しく、先生が随分直して下さいました。

ロシア語の文章は省略も多く、何を略しているのを読み取る力がまだまだ不足していることを痛感。

辞書は、最初は入門用のパスポートと、ちょっと進んだ博友社の2冊で凌いでましたが、第二楽章で
暗喩や隠喩が出てくると、それらだけでは補えず、語彙数の一番多い研究社の分厚いやつと、訳が一番ロシア語のニュアンスを捉えていることで定評の高い岩波の両方を、職場で調達したりして。

結局最後には、岩波の中古を夫が誕生日プレゼントで買ってくれましたが、その時その時に応じて使い分けてました。
基本的な単語の変化のチェックには入門用のパスポートがわかりやすいですし、ポピュラーな感じは博友社。岩波は動詞や前置詞が要求する格を、ロシア語で書いてあるのは、さすがに上級コース(^_^;)

ロシア語は語尾変化の多い言語で、オリジナルが一体どれなのかを推測することすら難しく、辞書を引けるようになれば一人前と言われるのを実感しました。
私はまだまだ。全然検討違いの単語を引いて
「これはあれの○○形?でもこんな語尾、あったっけ?」
などという作業を何度も繰り返しました。

ちなみに覚えなきゃいけないけどなかなか覚えられない(⌒-⌒; )名詞と形容詞の語尾変化ですが、
研究社の最初の方のページに載っている変化表は割合見やすいと思います。

語尾だけしか載ってないですが、名詞と形容詞が見開きで、一枚にコピーできるのは嬉しい。
ある程度ロシア語に慣れて来た方は、一枚あるとカンペとして(笑)使えると思います。
研究社の辞書は貸し出しできない資料としてでも、おいてある図書館もあります。

《訳したからと言って》

まるまる理解できたか?!暗記できたか、逐一頭の中でスムーズに日本語訳が出てくるようになったかというと、そんなことはありません。作品がデカ過ぎて(⌒-⌒; )

ただ、他の人が歌っているCDでさえ、歌の迫り方がよりリアルに聴こえるようになったのは事実です。

4年前にベルリンで歌ったのを聞いた時には、ただただ、彼の声と曲調の凄さに圧倒されて、耽溺してただけでしたが、
その時よりかは、少しは深く聞ける・・・と思います。

明らかに私のロシア語能力以上のものを要求され、できるんだろうかとおっかなびっくり、最後は執念と粘着以外の何者でもないとさえ思いましたが、
大変に充実し、やりがいのある作業でしたし、ほんの少しですが、自信もつきました。今後の自分のロシア語の勉強の方向性も見えてきましたし。

これからもヴィノグラードフのロシアンレパートリーは色々訳してみたいし、他の作品、例えばタチアーナの「手紙の場面」や、ショスタコーヴィチの歌曲で、マリータ・ツヴェターエワの6つの歌曲集なんかは以前、日本語訳を読んでドキドキした記憶があるので、ぜひやってみたいな。

今はとにかく、彼が無事に元気で歌ってくれるのを祈るのみ。トリノでのグレーミン侯爵も良かったですからね。上り調子であると信じています。

長い文章、読んで下さってありがとうございました!
変な時間帯で恐縮ですが、よろしければ、日本時間29日午前3時からの、フランスミュージックからの中継放送、アレクサンドル・ヴィノグラードフの「バビ・ヤール」聴いてみて下さいね。
私の訳した、訳文リストは→→→

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