Thanks for 8th Anniversary since I met Alexander first time!

2004年12月28日、ベルリン国立歌劇場の「魔笛」のザラストロで初めて出会ってから8周年。振り返ると色々あったわ~~(笑)

その「魔笛」で出会って以来、粘着にネットの情報を探して、2005年夏に初めていわゆる「追っかけ」という、「特定の誰かを聴きに行く為にオペラに行く」行動を起こした私。
その時にかかっていた演目が、目下彼が急きょ代役で出演している、ベルリン国立歌劇場での《ボエーム》でした。

この時、Webの予定表では、コッリーネは彼の名前のままになっていたのに、いざ現地へ飛んでみると、現地で配られている月間プログラムには別の人の名前が。
出先のベルリン植物園で、そのプログラムを目にした瞬間、頭が真っ白になり、顔から血の気が引くような感覚に陥ったのを、今でも覚えています。

あの時、何らかの理由で別の人に交替した彼が、
8年経った今では、若手の代役で同じ役を歌うということで、お客さんから絶大な支持を得た…というニュースが、どれほど嬉しいことか、
想像できますか?

時の流れによって、好きの形も、応援する形も少しずつ変化をしているけれど、
この人に出会い、得たものによって、どれほど私の人生の幅が広がったことか。
彼に出会ったこと、出会えたことを強く強く、感謝しています。

苦かった2005年の夏のボエームの感想、今、ここに転記しておきます。
この苦い思い出は、私がとある決心をすることになった、大事な転機でしたから。

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【青春の味はやっぱり苦かった?^^;『ラ・ボエーム』in ベルリン国立歌劇場】
鑑賞日:2005年7月

主なキャスト
ミミ・・・・・・・・・Olga Guryakova
ムゼッタ・・・・・Anna Samuil
ロドルフォ・・・・Miroslav Dvorsky
マルチェッロ・・・Alfredo Daza
ショナール・・・・Kay Stiefermann
コッリーネ・・・・Christof Fischesser(当初の予定では、Alexander Vinogradov)

指揮はPhilippe Jordan(当初の予定では、Dan Ettinger) 演出はLindy Humeです。プレミエは2001年12月です。

この作品、事前に張り切って予習したソフト鑑賞記にも書いたように、『青春のオペラ』です。若さではちきれそうな、若手の歌手が精一杯やってくれると、それだけでも感動的!なはずなので、若いキャスト中心で、一度実演を見たいと思っていました。

この暑い時期に、この作品を上演するのはこの劇場くらいだろう・・と思っていたのですが、今年は同時期に、ロンドン(コヴェントガーデン)や、スカラ座でも上演したのですね。どの劇場も、シーズン終盤に人気演目を持ってくるということでしょうか?

勿論、ここベルリン国立歌劇場でもほぼ満席。うーん、今年は猛暑?!ということも手伝って、ベルリンの暑い(=熱い)夏の『ボエーム』嫌でも気合が入るというものです(^^;
さてキャスト表を眺めてみてびっくり仰天。私が何よりも楽しみにしていた、コッリーネ役のAlexander Vinogradov(アレクサンドル・ヴィノグラドフ・彼の実演体験はこちら)が、Christof Fischesser に交代しているではありませんか!!

加えて、指揮者もDan Ettinger(ダン・エッティンガー。イスラエル出身の若手指揮者。バレンボイムのお弟子さんということで、個人的に注目の指揮者だったのです)もPhilippe Jordan に交代。

この時期、わざわざベルリンへやってきた最大の目的は、ひたすらヴィノグラドフのコッリーネだったと言っても過言ではなかった私(←そもそも、こういうよこしまな気持ちを抱いて劇場にやってきたのが、アンタ甘いのよ・・^^;とも言えるでしょう)にとっては、この時点で目の前が真っ暗になってしまいました(^^;

「いやいや、逆にあんまり思い入れが強くない人が出演する方が、作品全体を冷静に見ることが出来て、いいかもね・・」と、気を取り直して観劇に臨む事に。
緞帳は下りておらず、左右から引っ張ってきた、中がちょっと透けて見えるカーテンめいた幕?が、真ん中が中途半端に1メートルくらい開いてました。そこから、皮製のソファーが見えます。
初老の男性が水晶玉めいたものを持って、何やらウロウロしているのが、垣間見えます。ここで、指揮者がピットに入ってきて、演奏が始まって、幕が開きました。男性は、ソファーに腰掛けます。この男性は、恐らく『年老いたロドルフォ』なのでしょう。全体が、ロドルフォの回想・・という設定で、物語が進みます。このあとも、至るところで舞台の端に登場していました。

弦楽器が鳴った瞬間、ナンカチガウ・・いつもの(って、2回しか聴いてませんけど・・^^;)シュターツカペレじゃない!何?!なんで、こんなに揃わないの?!弦楽器の美しい旋律も全然聴こえない!

マルチェッロとロドルフォのやり取りも、何となくかみ合わないような感じで、「うーん、もしかしたら予習のしすぎかなぁ?!刷り込み演奏(=セラフィン盤CD)のイメージが強すぎるのかしら?!」と、どうも演奏に集中できません。
コッリーネが登場するところの輝くような金管(ここは、私の大好きな部分!)も、全然冴えません。

おかしいな・・こんなはずじゃないんだけど・・と、もやもや~~した気分のまま、気がついたら家主のブノアさんを追い出して、男声アンサンブル(それじゃ、おやすみ!だ・ん・な・様!)の部分。ここも、好きな部分なのですが、歌手たちも何となく歌いにくそうだし、指揮とかみ合っていない。何とも言えない居心地の悪さで、気分がちっとも乗れないまま、ミミ登場。
ミミはブラウス+カーディガンに、ピンクのスカートを穿いて登場。ミミとロドルフォのやり取りは、ミミの方が積極的にロドルフォを『誘う』ような感じに見えました。こういう役作りには抵抗がある方もいらっしゃるかもしれませんが、私は別に、悪くないと思いました。

それぞれの自己紹介アリアが終わったあと、キスしそう・・になったところで仲間たちから声がかかりますが、この『キスしそう・・』な部分、CDで聴いていても『うっわ~~、胸がドキドキするわ~(///。///』という、ときめき感が感じられるのですが、何とも言えない嘘っぽさだけが残るような感じがしました。

これは、歌手の所作(ミミのほうは、悪くありませんでしたが、ロドルフォがあまりにもデリカシーに欠けるような気が・・^^;)にも問題があったとは思いますが、二人の気持ちに沿うような、弦楽器が付いてこれなかった、つまり、指揮に最大の問題があるのではないかしら?と感じました。

そういう、何とも言えないもやもや感を抱きつつ、そのまま第2幕=これも大好きな、カフェ・モミュスの場面に突入します。
ここの金管から始まる合唱部分は、ワクワク感が欲しいところ。これもまた、どうも『鳴っている』とだけしか聴こえません。合唱団の動きは、マリオネット化しているような、腕を皆が同じようにそろえて上げ下げしたり・・というもので、決して感情の動きと付随した動きではありません。
合唱のあいだに、ソリストがそれぞれ絡んできますが、この声が、聴こえて来ません。『パシッ』と入ってきて欲しいところで、入ってこないからでしょう。

マルチェッロは、いかにもその場限りの遊び相手・・と見受けられる女性を連れて、仲間たちとテーブルに着きます。

ミミのボンネットは、ピンクのカチューシャ。これはなかなか、可愛らしかったですね(^^)

お楽しみのムゼッタ登場!ですが、金髪カーリングヘアー(何気にマリリン・モンロー風な^^;)で、かーなーり、肉感的?^^;+アルチンドーロはフランク・シナトラ風。この対比自体は面白かったです。

ですが、ムゼッタの歩き方がドタドタしたような感じで、所作にも女性的な可愛らしさが全く感じられません。
大好きな『ムゼッタのワルツ』も、気がついたら漫然と始まっていたという感じです。
このアリアの途中で、いたたまれなくなったマルチェッロは、遊び相手の女性を壁に押し付けて、無理やりセックスしようとしますが、相手の女性に思い切り拒絶され、呆然とします。
マルチェッロの『僕の青春は終わっていなかった・・』から、音楽がグーッと盛り上がって、ソリストの声がそれぞれ重なっていくところも、音楽がちっとも盛り上がりません。

マルチェッロとムゼッタが抱き合う前には、ムゼッタがマルチェッロを平手打ち。この辺り、前述のアリアの最中のセックスシーン(←拘っているわけじゃ、ないんですよ^^;)から、嘘っぽくなく巧くやれると、恋人達の駆け引きとしては面白い演出効果が出せる・・と思うのですが、マルチェッロ、ムゼッタ、どちらに問題があったのかしら?何となくノレない気分のまま、漫然とフィナーレを迎えました。
3幕では、ミミは男物のトレンチコートを羽織って登場。動きとしては、特にどうってことのないものでしたが、ミミがマルチェッロに訴えかける場面は、ミミの熱唱により、それなりに感動的でした。この上演全体の中では、最も感動した場面だったと思います。拍手も大きかったですね。

2つのカップルのお別れシーンは、うーん・・ピチピチ(体の線が、かなりはっきりと出るタイプのものです^^;)の黒いスウェット+黒髪前下がりボブヘアーのムゼッタの『ドタドタした日常的歩き方』がどうにも気になってしまって(^^;

ココもまた、オケと歌手陣がかみ合わないアンサンブルで、何とも落ち着きませんでした。
そして、3幕から4幕への場面転換ですが、実際には3分くらいでしょうか?かなり、待たされてイライラーー;しました。こういう場面転換は、スムーズにやって欲しいと思うのですが・・

出てきた舞台装置を見て、何となく納得。3幕ではすっきりしていたものが、この幕では再び屋根裏部屋へ戻ったということで、かなりごちゃごちゃと色んなものが置いてありました。

この部屋の季節だけ、いきなり夏^^;にぶっ飛んだように、ロドルフォ、マルチェッロはサングラスをかけて、いやに涼しげなスタイル。
通常はこの幕の冒頭では、ショナールと一緒に出かけているはずのコッリーネも、サングラスをかけ、黒い長袖Tシャツ+ズボンの上から、何故か女物の日本の赤い着物(^^;を、まるで丹前のように羽織り、脇にはビーチパラソルまがいの緑色の番傘(穴が開いていたなー、そういえば^^;)付きのベットに、何気に横たわって、ヘラヘラ笑いながら雑誌を読んでいます。 このスタイルを見た瞬間、『うーん、ヴィノグラドフじゃなくって、よかったのかしら?^^;』と、チラッと思ったり(^^;;;

・・コホン。まぁそれは冗談ですけど(^^;ショナールが戻ってきて、どんちゃん騒ぎになるところは・・ショナールは、傾斜した、かなり高い箇所で、イスに乗っかって歌うんですが、このイスがグラグラしていて、見ていてハラハラしました(^^;
そうこうしているうちに、ミミとムゼッタがやってきますけど、彼女たちもやはり、サングラスをかけていましたねー。やはり、季節は夏にぶっ飛んでいたということでしょうか?^^;
えーと、楽しみにしていたコッリーネの『外套の歌』ですが・・(あ、この時には真面目な顔つきで、着物は脱いでいました^^;)これって、私はちょっと抑制的に歌って欲しいんですね。抑制的と言っても、表現はきちんとして欲しいのです。つまり、声に任せるような歌い方は(何もこのアリアに限った話ではありませんけど・・)あまり好みではないんです。
他の部分ではまぁまぁ、かな?と思えたコッリーネでしたが、この力任せのアリアの時は『うーんーー;』と思ってしまいました。言っても虚しくなるだけですが、やっぱり、このアリアだけでも是非、ヴィノグラドフで聴いてみたかった・・と言うのが偽らざる本音です。

フィナーレ部分は、やっぱりこれもどうやら私とは相性の悪い指揮で、ゆっくりとタメて欲しい部分はさらーっと流れるし、逆にスピーディにやって欲しいところはゆっくりで・・という感じで、残念ながら、胸いっぱい!にはなれませんでした。
結局、『ナンカチガウ・・』という思いを拭えないまま、最後まで来てしまったという感じでした。
<歌手陣について>

ロドルフォ役のMiroslav Dvorskyは、うーん・・残念ながら、私好みのテノールとは言い難いかなーー; 
声は大きくて、高音には滅法強いのですが、なんというのか、甘い気持ちに胸がいっぱい・・になるような、旋律の抒情性が全く感じられませんでした。演技も定型的でしたし・・

ミミ役は、オリガ・グリャコワ。昨年ドレスデンで、ドン・カルロのエリザベッタを聴いてますが、この時よりは、うんと歌が巧くなっているように感じました。
ですが、そもそも、ソプラノとは思えないような、暗いメゾ声なので、部分的に旋律が聴こえ難いところがありました。とっても美しくて、華奢なミミは、それなりに魅力的でしたけどね。
ロドルフォとの絡み合いが、彼女のせいだけではないと思うのですが、どことなく嘘っぽさを感じさせたのも事実です。

個人的イチオシキャラクターのマルチェッロ役は、Alfredo Daza。小柄で、よく動く『悪ガキマルチェッロ』という感じがよく出ていたと思います。本当はもっとマルチェッロには、もう少し颯爽とした男っぷりを求めたいところですが(^^;こういう役作りもアリだと思います。声もいいし、歌自体は、巧いと思いましたが、声量が少し足りないかしら?特に、ロドルフォが大声張り上げ型だったので、重唱になると完全に負けてしまうのは残念でした。

ムゼッタ役は、Anna Samuil。うーん・・残念ながら、私好みのソプラノではなかったです(--;立ち居振る舞いが垢抜けないんですもの。歩き方から、何とかならないものかしら?!と、彼女が舞台に出て来る度に、そんな「世話焼きおばさんめいた^^;」ことばかり思ってしまいました。マルチェッロとの絡みが、彼女の魅力半減で台無し・・とまでは言いすぎかもしれませんが、そう思えるもどかしい部分が随所に感じられました。

ショナール役のKay Stiefermann。演技達者で、ちょっと『イカレポンチ^^;』系の役作りだったのですが、なかなか楽しませてくれました。背が高くてスタイルもよく、ハンサムでしたしね!男達のアンサンブルシーンでは、彼の存在により、視覚面ではかなり引き締まったと思います。

でーー。コッリーネ役のChristof Fischesserですが・・現在この劇場の若手専属バスだそうです。顔つき、体つき、押し出しの強い歌い方など、この劇場の先輩バスに当たる、ルネ・パーペによく似た感じです。
この鑑賞記を書くに当たって調べてみて、初めて気がつきましたが、実は昨年末の『魔笛』での弁者役で、既に聴いていたんですね(^^;
やぁだ。あの時は殆どザラストロしか目にも耳にも入っていなかったから、全然覚えてなかったです・・;
<総括>

周囲のお客さんは、大ブラボーを叫んだりして、上演全体は思い切り盛り上がっているのに、私は何故、盛り上がれなかったんだろうーー?と、自分なりに色々と分析しました。
私個人的には、是非聴きたいと思っていた歌手が聴けなかった・・という、感傷的気分も勿論、影響しているでしょう。ですが、この『感傷』とは、全く無縁の我が夫も、同じように『演奏全体が散漫な』印象を受けたそうです。

思うに、シロウト考えですけど、指揮者が交代していますので、リハーサル不足なのではないかな?と推測しています。オケ全体をドライブ出来ない、つじつまを合わせたような指揮で、音楽の流れ、物語のドラマ性をぶち壊したと言っても、過言ではないでしょう。歌手との呼吸もバラバラで、歌いにくそうにしてるな・・と感じた箇所が何度もあり、イライラする場面が何度もありました。

この演奏に心から共感できなかった最大の問題は、指揮によるところが大きいと思います。

また、歌手に関しても、たとえコッリーネ役が入れ替わったところで、この作品における彼の役割は、残念ながらドラマ全体を引っ張っていくような大きなものではありません。もしもヴィノグラドフが、素晴らしい『外套の歌』を聴かせてくれたとしても、それが何?!というところでしょう。やっぱり、主役のテノールとソプラノによる比重が大きい作品と思います。
その辺り(特にテノール)が、好みではなかったことにも大きく起因しているでしょう。
やっぱりこの作品は『テノールとソプラノが引っ張っていく、典型的なイタリアオペラ』なんだということを、嫌というほど認識しました。

実演を何度か見ていくうちには、どうも気分が乗れない・・ということも、ままあることでしょう。
過去2回、素晴らしい演奏で私を魅了し、いい思い出でいっぱいのベルリン国立歌劇場ですが、こういう時もあるんだな・・と、冷水を浴びせられたような気分でした。

さすがは青春のオペラ・ラ・ボエームです(^^;『青春の味は、とっても苦かったわ・・^^;』というのが、正直な感想です。
(2005.7 wrote)

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ちなみにこのベルリン国立歌劇場の「ボエーム」は、2001年プレミエ時にTV放送がありました。この時の映像がYTに上がっていますので、紹介しておきます。
一幕&二幕
三幕&四幕

★この時のマルチェッロはローマン・トレーケル、ショナールになんと、ハンノ・ミュラー=ブラッハマンという豪華キャスト。特にショナールのブラッハマンは、ショナールのくせに?!すっごい存在感。
こんなに存在感の強いショナール、今まで見たことないよ!と思いますw
(詳しいキャストはリンク先でご確認下さい)

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